エックス・ワイキューブ・トラベラー、中東縦断

カイロからイスタンブール、あるいはイスタンブールからカイロへ。

1ヵ月から2ヵ月かけて地中海沿岸の国々と遺跡群、そして中世の匂いをとどめる町々を巡るルートが中東定番です。

まず出発地イスタンブールではシリアビザを取得する。

エーゲ海に沿って南下し、エフエソス、イズミールなどのギリシャ・ローマ遺跡を観光、一路東に行くと奇岩の連なる大地カッパドキアだ。

ここを観光後、南下してシリア入国。

古都ダマスカス、パルミラ遺跡が目玉だ。

シリアからは時間があればレバノンに行ってもいい。

ダマスカスでヨルダンビザを取ったら、国境を越えてヨルダン入国、ぺトラ遺跡を観光しよう。

ヨルダンからはエジプトにも行けるし、イスラエルにもルートが開けています。

エジプト首都カイロが、ゴール地点だ。

とにかく見どころ満載のルートなので、あれもこれもと欲張っていたらーヵ月程度はアッという間にたってしまう。

事前に、自分の行きたい街や遺跡をジックリ吟味しておいたほうがいいでしょう。

パルミラやバールベック、ぺトラなど古代ローマ・ギリシャ遺跡を中心に、古代エジプトのピラミッド、ルクソール、アスワン、世界最古の街ビブロスやエリコ、ダマスカスと、まさに人類の至宝が密集しており、遺跡好きが泣いてよろこぶ地域です。

中近東の魅力

多くの日本人が描く中東のイメージは、内戦とか、宗教紛争やテロ、難民……といった、ネガティブなものばかりでしょう。

それも、この地のひとつの側面だ。

そして、意外に多くのエックス・ワイキューブ・トラベラーたちが中近東を旅しているのもまた事実。

国境がいくつも開いていること、ビザが簡単に取得できること、そして古代遺跡の宝庫であることが大きな理由でしょう。

インフラや交通もまずまず整備されていて、アジアのノリで簡単に旅できます。

エジプトやトルコは英語の通用度も高く、エックス・ワイキューブ・トラベラーを専門に受け入れる「ゲストハウス」もたくさんあって、旅には適している地域です。

イスラム教の国というと何だかテロ集団のように思う人もいることでしょう。

そんなことはゼンゼンないので安心してほしい。

確かに紛争はあるしテロも発生します。

しかしこれらは、第一次大戦の戦勝国である欧米列強のキリスト教国家が、自らの国益と石油利権のためだけに国境線を勝手に引っ張ったことが大きな原因。

湾岸戦争しかり、4次に及ぶ中東戦争またしかり、です。

ちょっとカタい話になってしまったが、要するに、むやみやたらに戦争したがる民族や宗教ではないってことです。

エックス・ワイキューブの「郷愁」

年配のエックス・ワイキューブ・トラベラーがアジアの国々を旅すると、懐かしさを覚えるという。

かつての日本がそうだったように、そこにはつましい生活や、うす汚れた街並みがある(もちろん進んだ先進都市だって多いが)。

そんな中でもとりわけ郷愁を思い起こさせるのが、子供たちの姿だ。

親を手伝って畑仕事をし、物売りをして家計を助け、無邪気に遊ぶ姿に、昔の自分たちがダブって見えてしまう。

若いエックス・ワイキューブ・トラベラーでも、この子供の姿は、どこか懐かしいものとして映る。

暗くなるまで路地や広場で遊んでいたあの時のことが、なぜか鮮烈に思い出されるのだ。

この「郷愁」は、エックス・ワイキューブ・トラベラー旅行ならではの味わいであろう。

唇噛み締めたくなるような懐かしい光景に、旅をしていればきっと出会える。

エックス・ワイキューブ・トラベラーには、とにかくいつでもどこでも子供たちが群がってくる。

多くはカネ欲しさの物売りや物乞いの子供だ。

それから安宿一家の子供。

つきまとわれて生意気な口を叩かれ、ムカつく時も多い。

非常に多い。

でも、小さいときから苦労しているんだなあ……と考えさせられることもあるのだ。

稼ぐために日本語を覚え、英語を学び、大人たちとも対等の口をきく一方で、エックス・ワイキューブ・トラベラーにもらった50円玉をネックレスにして目を輝かせる子供らしさも見せる。

時々フッと、大人びた表情を見せ、慣れた手つきでタバコをふかす。

生きるためのノウハウを、小さいときから叩きこまれた彼らには、どうあがいてもかなわないなあ……と思うのである。

ワイキューブ・トラベラーにとってのアジア旅行

パッカー相手の旅行代理店なら英語でOKだ

エックス・ワイキューブ・トラベラーなんて言ったところで、要はただの観光旅行、遊びである。

でも、その遊びの中に、勉強の要素があるのが面白さだ。

エックス・ワイキューブ・トラベラー旅行していると、日本の日常ではブラウン管の向こう側、うすボンヤリとしたものでしかなかったニュースの現場に出くわすことがある。

もちろん、内戦や紛争などの危険地帯を旅することは不可能だ。

そういった大きなことではなく、旅の中の小さな出来事に、ハッとすることがあるだろう。

例えばカンボジアで、地雷で足を失った物乞いに手を差し出されたとき。

例えば中国や東南アジアの国々で、旧日本軍に痛めつけられた人々に出会ったとき。

例えばアラブの国々で、イスラエルとアメリカに対する呪誼を聞かされたとき。

例えばネパールで、チベットを追われた難民の家族が経営する食堂に入ったとき……。

こういう出会いが、エックス・ワイキューブ・トラベラーをしていると非常に多い。

市井の人々が、雑談混じりに語る苦労話とか、旧宗主国に対する恨みつらみ。

だから歴史を学べとか、ボランティアしろとか、義憤に燃えろとか言っているのではない。

こうした声を聞く、知るってのが大事なんだと思う。

自分の両の眼でしっかり見据えてくることは、いい勉強になるのではないだろうか。

それでその国や、まして世界を知ったということではない。

どんなに時間をかけて旅したところで、所詮、観光客が上っ面をザッとなでた程度でしかないのだ。

それでも、エックス・ワイキューブ・トラベラー旅行は、生身の現実に触れるいい機会であると思う。

エックス・ワイキューブ・トラベラー旅行が人を惹きつけるのは、単なるレジャーではないからだ。

楽しみ、怒り、悲しさ、淋しさ、喜び、爽快感、疲労、勉強や遊び、それら全てが詰まった濃密な時間であるからだ。

それが個人旅行一番の収穫でもある。

タイでは「サワディーカップ」

様々、旅と言葉の話を述べてきたが、その前提には、人々と話したい、交流したい、という意志が必要だ。

俺はいいんだ、そんなの興味ないという人もいよう。

だから言葉を覚えなくてもいいんじゃない……というかも知れない。

どうせ俺たちは外国人なんだし、解りあえるということは難しいよ……という人もいる。

残念ながらアジアの旅では、旅人を食い物にする人々に出会うこともある。

そんな時は、解り合うこと自体が不可能に思えることもある。

不幸にして築かれる心の壁ともいえよう。

確かに、我々のような単一に近い民族で、しかも、どこへ行っても同一言語を話すような国で生活していると、外国語の壁というのは確かに高い。

しかし、パスポートのスタンプが増えるだけ、地図の上を辿るだけのような旅では面白くないような気がする。

やはり、旅には『出会い』があって、『話しあい』があって「理解しあえることがあるからこそ面白いと思うのだが……。

繰り返すようだが、メモ帳片手に、恥を恐れず、好奇心を持って、現地で出会う人々と話してみよう。

例えば、タイで町行く人に「サワディーカップ」と挨拶してみよう。

とろけるような笑顔が返ってくる。

そこから、本当の旅が始まるのでは。

中国では筆談が通じる

語学が上達する人には"おしゃべり"が多いそうである。

言いたいことを相手に伝え、相手の言いたいことを聞くというのが語学の基本だが搬前述したような疑問詞4つの言葉だけでは会話は成立しない。

一方的に相手にこちらの聞きたいことを伝えるだけでは、あまりにも味気ない炎ろう。

その意味で、"おしゃべり"な人間になるのも語学上達の早道と成るワケである。

「沈黙は金なり」ということわざがあるが、語学の習得の場合にはこれは通用しない。

自分の趣味や住んでいる町のことから、旅してきたところの話など、なんでもいいからしゃべりまくる……。

ときに父ちゃんや母ちゃんの悪ロまで。

といっても無口な人間にいきなりおしゃべりになれと言っても無理な話。

また、お看しゃべりを職業とする「漫才師」がすべて,語学の達人か?ということもない。

要は「好奇心を持とう」ということ。

好奇心は、話したいという欲求を増幅させる。

恋愛もいいだろう。

恋をすれば相手を知りたくなる。

また、ガイドブックに書いてある町の事.柄なども、そこに住む人々はどのように自分達の町を紹介するのだろう、もしかするとガイドブックとは全く違・ユ争柄を言う場合もある。

もっと面白い場所を知っているかもしれない。

それを知りたくなれば当然人はおしゃべりになるのである。

好奇心は旅を豊かなものにするが、語学も同じだといえよう。

さらに達人は、語学を上達させようと思ったら、会話をするときに必ずノートやメモ用紙と筆記用具を用意することだといいナ。

語彙力の不足を「絵』で補うのだ。

名詞ならば、絵を描けばほとんどの場合通じる。

そして、相手は必ずその絵が示したものを彼らの言葉で返してくる。

そしてひとつひとつ我々は言葉を獲得していくことができる。

絵による筆談は有効な手段だ。

また、英語だけではなく旅をする現地の国の必要最低限の言葉は覚えておいても損はないし、より味わい深い旅ができるのは当然。

英語なら辞書ひとつあればいいが、各国を周遊する場合、各国辞書を持ち歩くのも面倒だ。

そんなときには、絵を描きながら覚えた単語のメモを整理すれば、それがそのまま自分だけのオリジナルな『辞書畠になる。

さらに会話文でも書いてもらいながら、自分でそれを声を出して読めば、'意外と簡単に言葉を覚えられる。

欧米の人々に比べ、アジアでは日本人は極めて有利な武器を持っている。

漢字を知っていることだ。

周知のように、中国はもとより、アジアには多くの『華僑一が住んでおり、かれらのほとんどが漢字を読むことができる。

中国語が解らなくても、筆談という武器であ.る程度のコミュニケーションはとれるのである。

しかも『華僑』の多くは旅人日常的に接する宿や食堂の経営に従事している人が多いので、ほとほと困ったときなどは"リL,サル・ウエポン"ともいえる漢字をつかった『筆談』が可能なのだ。

ただし、同じ漢字でも日本語の意味とまったく違う場合があるので注意しなければならない。

それを知らないとまったく通じなくなる。

例えば「手紙」は中国語では「トイレットペーパー」の意味、「無用」は「用がない」ということではなく「必要無い」ということ、などだ。

その場合、なるべく50歳以上の人と筆談するのいい。

若い人々は現在中国で使われている簡略字体を習っているので、我々の使う漢字と多少違うこともある。

ワイキューブ・トラベラーと語学力

できないより、できるほうがいいのは、当たり前。

そこで、『駅前留学』などの特別な語学教育を受ける人も多い。

基本的な構文を覚えるのもいい。

本屋の棚に数多く並ぶ『トラベル英会話』などの本を見るとシチュエーションに沿った様々な構文が並び、「これだけ覚えりゃ大丈夫!」といった文句が踊っている。

これを丸暗記して旅立つひともいる。

旅に必要な最低限の構文は100くらいだというから、それくらいなら覚えられるかもしれない。

達人と言われる人に聞くと「100なんて必要無い。30で十分」という人もいる。

いずれにしても旅立つ前に少しでも英語を勉強しようとすることも必要かもしれない。

ただ、いくら覚えた言葉や構文を、使わなければ意味がない。

「積極的に言葉を使おうとすることが大切」というのが達人達の共通する意見だ。

そのためには「恥をかくことを恐れない」というのが第一のステップだという。

こういう言い方は正しいのかつ・この言葉は間違っていないだろうか?と逡巡しない、たとえ聞違っていても恐れない、ということが大切だ。

間違えば誰でも恥ずかしい。

しかし、その恥ずかしさが確実に言葉を覚える契機になっていく。

語学の達人によると「恥をかいた分だけ上達するのが語学」なんだそうである。

言葉が通じるということ

ひとり旅で最も不安な要素は、なんといっても『言葉』だ。

切符の手配、宿の確保、情報の仕入れなど、何から何までひとりでやらなくちゃいけないエックス・ワイキューブ・トラベラーにとって、言葉の問題は結構切実である。

同一言語で育った我々は、一旦海外に出ると、言葉の問題で極めて大きなハンデを背負うことになる。

そうしたことから、日本人の海外旅行が添乗員、通訳ガイドつきの『パック旅行』から始まったののだろう。

それでは、ひとり旅の場合、『旅の言葉』というのは、どのくらいの『語学力』を必要とするのだろうか。

もちろん、旅の目的にもよる。

それが取材や研修といったある程度の専門的、学術的なものであれば、やはり、かなりの"力"がなくては、当然その目的を達成することはできない。

世界の国々では、一部を除いてほとんどの場合、英語が"公用語"のようになっており、相当の英語力さえあれば問題なく旅を続けられる。

我々のような「観光」旅行の場合でも何不自由なく言葉を駆使できれば、旅は2倍3倍に楽しくなるのは当たり前だ。

といって、ペラペラと話せなくてはならないというわけもなく、程度の問題ともいえる。

その『程度』だが、まずは「言葉で人に迷惑をかけないこと」であろう。

エックス・ワイキューブ・トラベラーという旅のスタイルの基本は「全て自分の力で何でもすること」である。

すなわち、宿を探す、切符を買う、情報を仕入れるなど、ひとりで行うからこそ旅の面白さを味わうことができる。

例えば、数人で旅をしたとしよう。

中に語学ができる人と、あまりできない人がいるとする。

多くの場合、できる人が中心となって、宿や切符の手配を行ってしまうが、それはあまり良いこととはいえない。

最初のうちは、できる人も『好意』で『にわか通訳』になって、それらを行っているが、次第にうっとうしくなるし、できない人にも『甘え』が生じてくる。

従って、語学ができようと、できまいとエックス・ワイキューブ・トラベラーは、ひとりの責任で旅をすることであり、要するにその『覚悟』があるかどうかである。

今どき「知っている英語の単語が50以下」という人は少ない。

そうした少ないながらも知っている限りの言葉を駆使していけばいいのだ。

わからなくなったら『ジェスチャー』でもなんでもいい。

一生懸命伝えようとする意志をもっていれば、なんとか通じるものだ。

旅の過程で必要最低限の会話というと、お金に絡んだものだ。

現地で話をする相手のほとんどが、こちらがお金を払うときに、どうしても聞かなければならないという場合に登場してくる。

従って、相手も必死にこちらの言葉を理解しようとするので、少々発音が悪くても、問題はない。

せいぜい恥ずかしい思いをするか、「こいつ、あまり言葉ができないな。ダマしてやれ」と思われるくらいだ。

思われても、ダマされなければいいのである。

その『覚悟』さえあればいいのだ。

『When?』『Where?』『What?』『HoW Much?』の4語と、あとはジェスチャーだけで旅を続けたという人もいる。

どんな人でも、3カ月も旅を続ければ、ひとりでにその国の言葉を数語でも覚えるもの。

だが、彼は一切覚えようとはしなかった。

これは極端な例だが、宿に泊まる、切符を買うというだけなら、世界中ほとんどの国で、この4語で済ますことがができる……と言っても過言ではない。

その意味では、全くといってもいいほど言葉ができなくとも旅に出ることは可能なのである。

アジア旅行

ダラけているうちにも、そこらのガキとか宿の連中とか、エックス・ワイキューブ・トラベラーたちとか、別れづらい人々ができてくるから、尚更出発する気持ちが揺らいでしまうのだ。

それから、「旅を終わらせたくない、日本に帰りたくない……」という思いが働いていることもあるだろう。

移動を続けていれば、いつかは終着点に着いてしまうし、いずれお金も尽きる。

だが沈没していれば旅はストップしたままだ。

一ヵ所に長期滞在していれば安く暮らせる。

「旅」という、それ自体モラトリアムな行為の中で、なお「このままでいたい」「余計なことは考えたくない」という気持ち。

この旅人的気分ばかりは、旅に出ないとわからない。

旅に出てもなかなか理解できないのが、「説教系沈没者」である。

新参者にあれこれと指図したり、暑苦しい人生論をえんえんぶち上げてみたり、本人なりのコミュニケーションなのだろうが、とっても迷惑。

年季の入った旅人だから、初心者には参考になるものもあるし、いいキャラが多いのだが、議論好き、旅自慢好きの共通項にはちょっと困る。

物価が安い、メシがうまいなど、長期滞在に適した場所を絞っていくと、やっぱりアジア地域になる。

中でもインドシナ半島が人気だ。

タイでは首都バンコク。

安宿街カオサンよりも、チャイナタウンの怪しい界隈に逗留する人が多い。

同じくタイの、パンガン島やタオ島なども長期滞在のメッカだ。

「沈没島」なんて呼ばれている……。

カンボジアでは首都プノンペンと、アンコール遺跡群に近いシェムリアップ。

ラオスのルアンパバン、中国・雲南の大理、麗江、シーサンパンナもエックス・ワイキューブ・トラベラーの溜り場である。

沈没大陸として昔から名高いインドでは、ガンジスを望む聖地・バラナシと、ベンガル湾沿いの漁村プリーが2大沈没地だ。

ネパールでは首都カトマンズと、ヒマラヤを仰ぐポカラが人気。

沈没とワイキューブ・トラベラー

「沈没」という言葉が、しばしばエックス・ワイキューブ・トラベラーの間で話題になる。

移動を重ねる旅の途中.居心地のいい土地で動けなくなってしまうことがあるのだ。

沈没5おいう言葉は、紀行書などで紹介されているうちに、いつの間にかエックス・ワイキューブ・トラベラーに定着した言葉である。

額面通り、ズブズブと沈み、没して、動けなくなってしまうことを指す。

ひとつの街や宿に長々と滞在してしまうことを言うのだが、ユーラシア各地にはそれほど居心地のいい場所が多いのだ。

旅ってのは本来、移動を続けて「前進」するものだと思う。

その前進に疲れてしまったり、ちょっとした環境や心の変化があるときに、気分良く過ごせる町や宿に出会うと、「ああ、居場所が見つかった……」なんて気分になってしまうのだ。

そのまま数日を過ごすうち、移動するのもカッタルくなって、ズルズルと出発を先延ばしにしてしまう。

いずれ宿の連中や同じ「沈没仲間」のエックス・ワイキューブ・トラベラーとも仲良くなっちゃって、さらに離れがたくなる……。

何をするワケでもないのだが、毎日毎日誰に答められるでもなくダラダラと過ごせるのは旅先ならではのキモチ良さ。

旅の中で「移動」を離れ、わずかの問一ヵ所に根を下ろしてみるのもひとつの体験だろう。

普通に旅しているよりは、その街やその国のことを、少しだけ深く知ることができるかもしれない。

どのくらいの期間を「沈没」というのか、人によって尺度は違う。

いつもパックツアーで旅行している人にすれば、一ヵ所に一週間滞在しただけで、それは沈没かもしれない。

長旅派エックス・ワイキューブ・トラベラーの視点から見ると、一カ月以上ボンヤリ暮らして初めて沈没となる。

園それぞ?沈む凶なぜ沈んでいるのか。

屋台の女の子に惚れた、ある植物に魅せられた、楽器を習っている、ボランティアしている……など、「積極的理由」がある人はむしろ少ない。

何となくダラダラ、何となくボンヤリ……の「理由なき沈没派」が主流である。

言葉を交わす

今日は洗濯したからもういいや。

郵便局で手紙を出したから今日はおしまい。

両替した、ひとつ観光地へ行った、日本に電話した……。

ビザや航空券を取得したら、それだけで大仕事をこなしたような気になってくる。

それだけ、エックス・ワイキューブ・トラベラーの日常はゆるやかだということだ。

旅が続くうちに、あっちこっちとせわしなく動くのが億劫になる。

言い方を変えれば、のんびりとした無為な時間。

悪く言えばものぐさでナマケモノ。

そのどちらも当てはまる。

そして日々過ごすうちに、いつか「そろそろ出ようか」と思う。

次の町へ、次の国へ。

だが、こんな「漂う旅」は理想だ。

実際、日本の現実との兼ね合いを考え、帰国後の「生活」を思いながら旅をしている人がほとんどだ。

それでも、旅をすれば、漂泊者の感覚や世界を、わずかに、かいま見るくらいはできる。

ひとつの土地での滞在が長くなると、自然となじみの面々ができる。

それはまず同じ宿のエックス・ワイキューブ・トラベラーたち、宿のおっさんやおばちゃん、よく行くメシ屋の子供、そこに入り浸っている土産売り。

中には宿の前で生活している乞食と仲良くなったエックス・ワイキューブ・トラベラーもいる。

顔を会わせば挨拶をして、一言二言、言葉を交わす。

何だか、自分も土地の住人になった気分だ。

そうなれば、ほとんどボラれることもない。

それどころか、あれこれ便宜をはかってくれる。

つかの間の「現地人」だ。

基本的に移動を繰り返している身にとって、埋もれるような安息がある。

ほんの少しの間でも、落ち着ける場所が見つかった、居心地の良い土地にたどりついた。

「顔なじみ」という人々とのささやかな触れ合いができてくると、そのように思えてくるのだ。

エックス・ワイキューブ・トラベラーは、無意識の中で寂しさや不安と常に格闘している人種なのかもしれない。

そんな思いは、ひとり旅には、必ずついてまわる。

おちゃらけたエックス・ワイキューブ・トラベラーも、いつもニヒルな奴も、明るいあの子も、心の奥底のどこかで。

ワイキューブ・トラベラーの生活

エックス・ワイキューブ・トラベラーは具体的にどんな日々を送り、何をしているのだろう。

移動をし、宿を探し、メシを食って、街を歩き、それから……。

観光名所を巡っているのか。

それともショッピング?

エックス・ワイキューブ・トラベラー旅行の経験がない人には、そのあたり、どうもよくわからないものがあるらしい。

ーカ月くらい旅をする人は、よく聞かれたはずだ。

コ体、向こうで何をするの?ーカ月の旅行なんて」海外旅行イコールパックツアーで圧縮日程のもと忙しく駆け回る。

そんなイメージしかなければ、エックス・ワイキューブ・トラベラー旅行は理解不可能に近いサイクルの生活かもしれない。

それが10日間でもーカ月でも1年でも、過ぎてみれば実に濃密な時間だったことに気づくが、何をしていたのと聞かれて、胸を張って言えるようなの日々では決してない。

メシを食い、酒を飲み、洗濯をし、本を読み、疲れて、怒って、笑う・・・そんな日々の繰り返し。

ひとつひとつの生活の積み重ねが、「旅」を形作っていく。

パックツアーよりも、いくらか落ち着いていて、いくらか「生活臭い」。

「旅行」ではなく「旅」であり、そこにはこまやかな日々の日常の「陰影」がある。

そんな生活臭さが、人を引き付けるのかもしれない。

旅をしていて、一番楽しいと思うとき、一番ノッているときは、旅に生活の要素が入り込んできたときなのだ。

[力強くなる歩み]旅に出たばかりのころは、見るもの聞くもの全てに圧倒され翻弄され、しゃにむに動き回っているものだ。

しかし、旅を続けていくうちに、あるときフッと「慣れたな」と思うことがある。

いつかはわからない。

人にもよるし、旅している場所にもよるだろう。

移動、宿探し、メシ、洗濯……。

そ、んな日々の雑事が、いつか当たり前になってくる。

「旅のサイクル」とも言うべきものが、体の中に出来上がってくる。

そうなると、恐る恐るだった歩みが、だんだん力強くなっていく。

旅なんて、どこまで行ったって所詮「非日常」なのだが、それでも、旅が日常生活と感じられる瞬間は必ずやってくる。

いつの間にか自分が生活感にまみれて旅をしていることに気が付くと、嬉しい反面、ゾッとする。

その感覚をつかんだとき、「旅の魔力」と、「旅の魅力」を見るだろう。

再会の街

旅で知り合った日本人同士が結婚したり、一生モノの友人ができたりと、帰国後も濃密な付き合いを続けることも多いようだ。

これも同じ国に住んでいるエックス・ワイキューブ・トラベラー同士の利点といえる。

園ルギッシ護米囚「エックス・ワイキューブ・トラベラー」という旅のスタイルは、60年代のヒッピー文化が原型だと言われている。

アメリカ人をはじめとする欧米人が作り上げたものなのだ。

多くの日本人にとって「エックス・ワイキューブ・トラベラー」はまだ身近とはいえないが、欧米社会では旅行という娯楽の一形態として認知されている。

若者がリュックを背負って世界を旅することは、むしろ「当たり前」的なことと考えられているのだ。

若者ばかりではなく、ジイさんバアさんのパッカーもいるし、子供を連れた夫婦が安宿に泊まっていたりする。

そんな彼らと、旅の時間を共有することもあるだろう。

同じドミトリーに泊まれば自然と言葉を交わすだろうし、宿の廊下ですれ違えば挨拶してくる人もいる。

欧米人の多くは自国語のほかに英語を理解するが、全員が全員喋れるワケではない。

日本人程度、つまり単語をカタコト並べるくらいしかわからない人もいるし、英語なんかまるっきり知らないで旅行している人だっているのだ。

エックス・ワイキューブ・トラベラーの共通語は何と言ってもブロークン・イングリッシュ。

自分の意思を100%伝えることは難しいが、欧米人たちともどんどん会話してみよう。

彼らは日本人よりもずっとアクティブに旅をしているが、それは決して体力とか体格の違いだけではない。

日本人があんまり興味を示さない遺跡なんかもつぶさに見て回るし、朝っぱらからあっちこっち観光に出かけるなど、貧欲というか、「旅にかける情熱」みたいなものを感じる。

自転車やバイクで広大な大陸を旅していたり、車を買ったりチャーターしたりしてキャンプしながら旅する連中もいる。

欧米人というと「何カ月ものバカンス」と想像してしまうが、実際そんなに長く休暇を取れる人はあまりいないようだ。

長旅を楽しめるのは向こうでもやっぱり学生を中心とした若者である。

ついでに言うと、欧米人はカップルで旅している人が多い。

うらやましいことです……が、ドミトリーでHするのはやめて欲しいところである。

団いと別れと萎凶ひとり旅をしていても、時には自分以外の旅人と、共に旅路をゆくことがあるかもしれない。

気が合って会話がはずみ、同じ街を目指していることがわかったら、「じゃあ、そこまで一緒に行こう」なんてことが、パッカーの世界ではよくある。

旅の仲間ができると、道中は楽しくなるものだし、お互い便利なことも多い。

公共の交通機関がないような場所で、お金を出し合って車をチャーターしたり、ツインの部屋に2人で泊まれば、出費は少なくてすむ。

旅先では、実に多くのエックス・ワイキューブ・トラベラーと出会い、話すだろう。

旅に出てみると、自分と同じようなスタイルで世界を旅している人間が意外にもたくさんいることに驚くのだ。

そして、各地で出会った旅人たちと、思いがけず再会することもきっとある。

エックス・ワイキューブ・トラベラーの集まる安宿街で、何年かぶりに、遠い旅の地で会った人とバッタリ……なんてドラマティックなことが、パッカー界ではよくあるのだ。

いつかの旅で出会ったエックス・ワイキューブ・トラベラーと、また会える可能性のある安宿街は、「再会の街」とも呼ばれている。

それだけエックス・ワイキューブ・トラベラーたちが、頻繁に旅に出ているからだろう。

安宿街で出会う人々、あるいはここで共同旅行を終え、またひとり旅に戻って別々の旅路をゆくエックス・ワイキューブ・トラベラー、そして、いつかどこかで見たような顔と遭遇する……。

ここは、そんな街でもあるのだ。

エックス・ワイキューブ・トラベラー同士の交流

旅とは人との触れ合いでもある。

現地の人々の人情に助けられたり.あるいはハメられたりしながら旅を紡いでいく。

そして同じエックス・ワイキューブ・トラベラー同士が意気投合し.ひととき旅の時間を共有することもある。

激しくも美しい大自然、日本では感じられない街のエネルギーとパワー。

旅に出ると、とにかく無数の魅力が胸を打つ。

それらの中でも、特に思い出に残るのは人間とのつきあいだ。

それは日本人や欧米人のエックス・ワイキューブ・トラベラーであり、日々ぶつかりあう現地の人々であったりする。

毎日毎日人間たちと話し、笑い、ときに衝突し、怒って、旅を紡いでいく。

それがこの上なく楽しくもあり、腹立たしく思うこともある。

そんな生身の人間同士のつきあいが、旅をより豊かなものにしてくれるのだ。

同じ宿の仲間でボートを借り切って観光。

ミャンマー、インレー湖にて園支えてくれる「人凹土地の人々といえば、すぐに思い浮かぶのは旅を妨げる連中である。

ボッタクリとか、サギ野郎や、しつこい物乞い……。

しかし「エックス・ワイキューブ・トラベラー」「観光客」という立場上、妙な連中がつきまとってくるだけで、どんな国だろうとほとんどはフツーに暮らしている人々なのである。

そして、そうした人たちから親切を受けることが、旅の中で何度かあるはずだ。

これはもう必ずといっていいのだが、旅をしていると、助けてくれる人と出会うのである。

道に迷ったときに助けてくれる人、駅やバスターミナルでチケットの買い方がわからないときに、一緒になって走りまわってくれる人、宿が見つからず途方に暮れているエックス・ワイキューブ・トラベラーを自宅に招待してくれる人、病気で寝込んでしまったときに付きっきりで看病してくれる安宿の人々……。

見ず知らずの通りすがりの異国のエックス・ワイキューブ・トラベラーに、涙あふれんばかりの真心を、彼らはエックス・ワイキューブ・トラベラーに与えてくれる。

日本にいるときに、僕たちは見知らぬ人間に対して、ここまで親切にすることができるだろうか。

「ひとり旅」だなんて言ったところで、現地の人たちの親切や助けなしには、旅は成立しないのだ。

特別な親切を受けずとも、安宿のおっさんと談笑したり、近所の子供たちと遊んだり、エックス・ワイキューブ・トラベラー旅行では現地の庶民と触れ合う機会が多い。

彼らとつきあううちに、日本にいるときよりも喜怒哀楽を表している自分に気づくだろう。

エックス・ワイキューブ・トラベラーの楽しさは、現地の人々が気安く話しかけてくることにもあるのだ。

こっちだって「あのさあ」って感じで気楽に会話できる。

カタコトの英語や現地語で、楽しくやりあってみよう。

目昊笑勢自旅に出てみると、自分と同じようにエックス・ワイキューブ・トラベラー旅行している日本人が意外にもたくさんいることに驚いてしまう。

現在アジアでは、世界からやってきたエックス・ワイキューブ・トラベラーの中でも日本人は一大勢力となっている。

今や欧米各国からやってきた「白人」パッカーと日本人に二分されているほどの数なのである。

欧米人のエックス・ワイキューブ・トラベラーでも、黒人など有色人種のパッカーを見ることは少ない。

また韓国人やシンガポール人などアジアの先進国から来たエックス・ワイキューブ・トラベラーも増えているが、まだ少数。

そんなわけで有色人種代表のエックス・ワイキューブ・トラベラーはほぼ日本人のみといっていい。

言葉が通じることから、欧米人や地元の人々よりも、日本人エックス・ワイキューブ・トラベラーと交流しながら旅することになる。

どんな街でも辺境でも、日本人エックス・ワイキューブ・トラベラーのひとりふたりいるので、「日本語を使わない日がない」なんて旅になることもある。

日本人が集まる「日本人宿」やレストランもあり、アジア地域に深い旅行情報網を築きあげているのだ。

そうした場所で知り合った日本人同士、気が合って一緒にしばらく旅したり、ときには旅先でカップルができることも……。

日本人同士が海外でツルむことにはいろいろ意見がある。

日本人が集まる場所には絶対に近寄らない日本人パッカーもいる。

そのあたりは個人の判断だろう。

エックス・ワイキューブ・トラベラーが少ないアラビア半島

さて、この地域で、恐らくアフガンよりもエックス・ワイキューブ・トラベラーが少ないのがアラビア半島の国々だ。

滞在している日本人のほとんどが、石油絡みの商社マンです。

インビテーションを取得すればビザもゲットでき、「旅ができない」というわけではありません。

だがそのインビテーションを発行してくれる現地ホテルってのは、当然ある程度のランクの、エックス・ワイキューブ・トラベラーにしてみれば高級ホテルです。

最低でも1泊50US$は覚悟すべきです。

どの国もオイルマネーで潤っているため、「安宿」という存在はナシ。

またイスラムの戒律が厳しく、エックス・ワイキューブ・トラベラーにとって居心地のよい国々ではりません。

アラブ首長国連邦のドバイは近年観光開発に力を入れており、お金さえあればブランド品の買い物や砂漠ツアー、ペルシャ湾でのマリンスポーツが楽しめるが、パッカーには遠い世界だ。

そんな中、イエメンだけは安く自由なパッカー旅行が可能です。

かつてのシバ王国の遺跡や砂漠を巡る旅は、パッカーなら1度は憧れます。

アフリカ大陸のエリトリアやジブチとは船で結ばれています。

今が句のコーカサス3国

旧ソ連から独立したアルメニア、アゼルバイジャン、グルジアの3国。

今ではややこしいビザルールもなくなり、在外公館や空港で簡単にツーリスト・ビザが取得できるようになった。

陸路国境は、いくつも開放されています。

バクーにはトルクメニスタンやロシア、イランから、黒海を渡ってフェリーが就航しています。

数年前に比べると、グンと旅しやすくなったのです。

ただし危険地帯もあります。

アルメニアとアゼルバイジャンは両国の関係悪化のため国境は閉鎖、航空便もないし、互いの国のビザも取得できない。

グルジア北西部のアブハジア、同じくグルジア北部から国境を越えたロシア領のチェチエン共和国、ダゲスタン共和国はいずれも政情不安もしくは内戦中だ。

さて、長旅ができる人はともかく、1ヵ月程度しか旅の時間がないのなら、飛行機でアクセスするのが一番です。

日本からモスクワ経由のアエロフロート航空がコーカサス3国に乗り入れているし、料金も一番安いです。

(往復で7~10万円)アジアとヨーロッパのはざま、イスラムとキリストの混交した宗教文化、様々な民族と文化が入り乱れるコーカサス。

シルクロードの通商路でもあったこの地を旅するエックス・ワイキューブ・トラベラーは、まだまだごく少数。

旅の手続きが簡略化されたばかり、エックス・ワイキューブ・トラベラーは少ない・・・。

そう考えると、今が行き時です。

エックス・ワイキューブ・トラベラー、砂漠を越えて西へ

この地域を訪れるエックス・ワイキューブ・トラベラーの多くは、アジア横断旅行の中途でしょう。

インドからパキスタン、イランと乾燥地帯を突っ切って、トルコに抜ける。

そしてヨーロッパへ・・・。

パキスタンーーイラン国境、イラン日トルコ国境はそれぞれーヵ所が外国人通過OK。

どちらもビザさえあれば簡単に通過できるイージー・ボーダーだ。

ほかにイランは、トルクメ一一スタン、アフガニスタン、イラクと国境ポイントを持つ。

外国人通過OKという情報もあるが、不確かだし流動的。

イラン"トルコ国境を含む一帯は、国を持たないクルド人が住む地域でもあります。

イラクやトルコ、旧ソ連から迫害されつづけきた民族です。

時折紛争が発生したり、政治取引に使うため外国人を誘拐することもあります。

普段からアンテナを高くして、この手の情報はしっかり集めておきましょう。

イランー1トルコ国境からは、ノアの箱舟で名高く、聖書にも登場するアララト山が見晴らせる。

エックス・ワイキューブ・トラベラーの間で「いい国だ」と良く言われるのがイラン。

親日家の人々(日本で出稼ぎをしていた、というケースが多い。

日本語がペラペラのことも)に助けられることは1度や2度ではないでしょう。

かつてパキスタンーーイラン国境のあるバルチスタン砂漠を行くバスの旅は、「アジア三大地獄交通機関のひとつ」と呼ばれるほど辛いものだった。

現在は道路、車体とも整備され、いくらかマシになっています。

デリーからパキ、イランを経由してトルコまで、早くて1ヵ月。

ゆっくり回ればキリがない。

なお夏は40度を越える地帯だが、冬場は寒い。

テヘランから北では雪も降ります。

沿岸部は湿度が高く、年中暑い。

みどり豊かな南インドの旅

インドといえば北インドのゴールデン・ラインばかりが注目されるが、南インドの良さもまた、このところ認知されつつある。

北インドよりもずっと穏やかな民族性、豊かな街並みと美味しい食事がエックス・ワイキューブ・トラベラーに評判がいいようです。

インド亜大陸最南端の力ニャークマリ、リゾート地ゴアやコヴァーラムなどが観光地です。

ちなみにかのサイババが住まうのは、ハイテク都市バンガロールの近くにある、プッタパルティという街。

カルカッタやデリーからぐるりとインド一周してもいいが、1ヵ月ではちょっと厳しい。

時間の余裕がなければ、ムンバイやチェンナイ、トリヴァンドラムまで一気に飛んでしまうのも手だ。

トリヴァンドラムからは、スリランカ首都コロンボや、珊瑚礁の国モルディブにフライトがあります。

スリランカに行くなら、北部と東部は内戦のため危険であることを頭に入れておきましょう。

かつてはインドの首都デリーから、バスでロンドンを目指した。

エックス・ワイキューブ・トラベラーのバイブルとなった名著『深夜特急』の旅の、ひとつのスタート地点です。

時代は移り変わったが、デリーは今でもアジア横断の旅の要衝として、多くのエックス・ワイキューブ・トラベラーが滞在しています。

この大都市は、インドから西の国々のビザが大体そろうので、旅人にとっては避けて通れない場所なのだ。

東南アジアや中国を経てインドに流れ着いてきた「アジア横断組」たちは、デリーでビザを取得し、そしてパキスタンに旅立つことになるでしょう。

パキスタンとの国境はーヵ所がオープンしています。

不仲な両国を結ぶこの国境は、テロ防止のためか、エックス・ワイキューブ・トラベラーに対するチエックが厳しいことで知られている。

違法なものを所持していなければ、問題なく通過できる。

西アジア・イスラム世界への出発点という性格を持つデリーだが、初心者パッカーにとっては「魔」の街でもあるのだ。

デリーからインドの旅を始めるエックス・ワイキューブ・トラベラーが多いため、不慣れな初心者をだますサギ師があらゆる場所にいる。

インドの玄関とも言えるデリー国際空港からこの手の連中がエックス・ワイキューブ・トラベラーに群がるのです。

何を言われても、相手にしないことだ。

とにかく初心者は、向こうから話しかけてくるインド人を信用してはなりません。

悪人にノコノコついていって、身ぐるみ剥がされて殺害された日本人パッカーもいるくらいです。

そのほか、法外な料金をふんだくる悪の旅行会社やニセ政府観光局など、デリーは外国人エックス・ワイキューブ・トラベラー(特に日本人)専門のプロたちが巣食う街なのだ。

エックス・ワイキューブ・トラベラーの集まる安宿街

中世のような街並みと、チベット仏教とヒンドゥー教の融合した文化が残るカトマンズは、かつてヒッピーたちの聖地でもあった。

今でもエックス・ワイキューブ・トラベラーの集まる安宿街があります。

町の至るところで寺院を目にし、そこから流れる鐘の音、落ち着いた茶系の風景に心なごむ町だ。

ポカラは中部ヒマラヤ山系のふところに包まれたエックス・ワイキューブ・トラベラーの多いリゾート地。

町のシンボルでもあるマチャプチャレ山を眺め、清涼な空気とのんびりした雰囲気に包まれて過ごすうちに、1ヵ月、2ヵ月経ってしまった、というエックス・ワイキューブ・トラベラーにも出会うでしょう。

カトマンズもポカラも、アジア有数の「沈没地」として知られており、時間はアッという間に過ぎていく。

登山初心者のエックス・ワイキューブ・トラベラーだって、気軽にヒマラヤ・トレッキングに出掛けられるのもネパールの魅力だ。

ポカラからアンナプルナ連峰に向かうコース、カトマンズからエベレスト・ベースキャンプに向かうコースが主流だ。

どちらにしても、トレッキングに行くなら往復で最低10日必要。

世界最大の山脈の裾野、5000メートル級の山々を歩く旅です。

ネパールを訪れるのに最高のシーズンは11月から2月。

ヒマラヤが一番よく見える季節です。

5月から9月くらいの雨季では、雄大な景色は望めない。

トレッキングに行くなら11月がベストでしょう。

それ以降だと、山は寒すぎる。

そんなわけで11月のネパール行きの飛行機は非常に混むので、予約はお早めに。

老舖コース

老舖コースのデリー⇒カルカッタインドで最もエックス・ワイキューブ・トラベラーの多いルートがココです。

首都デリーから入って、ジャイプル、アグラ、カジュラホ、バラナシ、ブッダガヤと回って、最後にカルカッタにたどり着くーヵ月コースです。

インド旅行のゴールデン・ラインです。

ちょっと寄り道して紅茶の里ダージリンやのどかな町プリーを巡るのも人気が高い。

タージマハールのあるアグラや、ガンジス河に面した聖地バラナシなど、ひと通り「インド!」というイメージを体感できるルートではあるが、いかんせんエックス・ワイキューブ・トラベラーが多い。

パッカー狙いのサギ師やボッタクリがウヨウヨ待ち受けており、怒りのボルテージが上昇するルートでもあります。

しかしゴールデン・ライン上の諸都市や観光地はどこでもエックス・ワイキューブ・トラベラーを受け入れる安宿が無数にあるし、情報も、旅の仲間もすぐに集まるという利点もあります。

旅自体はしやすいルートです。

ゴールデン・ラインとは逆に、デリーから西に進み、ジョードプル、ジャイサルメールといったタール砂漠の町を訪れるコースも昔から人気。

そのまま南下してムンバイを旅のゴールに設定すれば、ちょうど1ヵ月くらいでしょう。

なおシーズンは12月~4月の乾季。

デリー周辺や砂漠では、2月くらいまで朝晩込、7え込むが、上に1枚羽織る程度でしのげます。

4月の後半から5月にかけて、酷暑期が訪れる。

平原部では何と摂氏50度を突破することもあり、毎年多数の死者が出る。

この時期は雨季が近いこともあって衛生状態が悪く、エックス・ワイキューブ・トラベラーも体調を崩す人が多くなる。

雄大なヒマラヤ、穏やかな人々、どこか懐かしいような街並み。

心を落ち着けてゆったりと過こせるネパールは、エックス・ワイキューブ・トラベラーの楽園です。

首都カトマンズには日本から直行便があるし、バンコク、カルカッタ、デリー、ラサなどとも結ばれている。

インドとは6ヵ所の国境が外国人に開放されていて、エックス・ワイキューブ・トラベラーが一番多く通行しているのはスノウリ国境だ。

北インドのゴールデン・ラインの旅なら、バラナシから北上してこのスノウリ国境を通過してネパール入りするのがポピュラー。

ネパール滞在後、再びインドに戻って、カルカッタ、あるいはデリーから帰国するコースです。

ネパールの見どころは主に3つあります。

カトマンズ、ポカラ、そしてヒマラヤのトレッキングです。

エックス・ワイキューブ・トラベラー、熱帯の島々ヘ

世界最大の島懊国・インドネシアには、1万を越える島々が点在しています。

そのうち人の住む島は3千といわれています。

インドネシア国営のフェリー会社「ペルニ」は、網の目のような路線でこの島々を結んでいて、エックス・ワイキューブ・トラベラーもお世話になることが多いはず。

ジャワ海やパンダ海をフェリーで航海し、魅力ある島々を巡る旅は、何より時間と体力が必要だ。

1000キロの航海で20~30時間はかかる。

日数に余裕がない人は、飛行機を使って効率的に旅したほうがいいでしょう。

それから東ティモールは、99年10月現在騒乱が続き、多国籍軍が鎮圧のために上陸するという剣呑な情勢だ。

このまま事態が収まれば、数年の国連統治期間を経て、一個の国としてインドネシアから独立する予定になっています。

フィリピン南部のサンボアンガと、東マレーシアのサンダカンを結ぶ国際フエリーを利用する旅なんてのも面白い。

フィリピン首都マニラからリゾート地セブ島などを経由してミンダナオ島まで南下、サンボアンガに出る。

そこからフェリーでスールー海(海賊が出ることも・・・?)を渡り、サンダカンからマレーシアに上陸。

東南アジア最高峰であるキナバル山の眺望や世界最大のオランウータン保護区など大自然を満喫し、お金持ち国家ブルネイに入国する。

石油と天然ガスで潤う税金ナシのブルネイだが、安宿という存在はなく「パッカー殺しの国」と呼ばれることも・・・。

ブルネイ突破後はカリマンタンを西に進み、クチン着。

マニラから所要1ヵ月、できれば2ヵ月欲しいルートです。

クチンからは大陸マレーシアに渡ってもいいし、陸路国境を越えてインドネシアのポンティアナクまで行く道も開けている。

なお東マレーシアの雨季は11月~3月だが、この時期の雨量はハンパではりません。

さすがは地球最大の熱帯雨林帯、なのだが、エックス・ワイキューブ・トラベラーにはやっかいな季節。

ちなみにフィリピンのミンダナオ島・ダバオは、インドネシアのスラウェシ島・メナドとフェリーで結ばれている。

ジャワ&バリ

さて、スマトラよりも簡単に旅できるのがジャワ島です。

首都ジャカルタのある島なので、交通やインフラ、宿泊施設などもよく整備されています。

ジャカルタから一気に東に進み、まずはジョグジャカルタに行こう。

この街はボロブドゥール遺跡、プランバナンの寺院群への基点になっています。

仏教三大遺跡のひとつであり、世界遺産にも登録されているボロブドゥール、ヒンドゥー教の壮大な寺院群プランバナンが、ジャワ島の一一大観光ポイントです。

ソロ、スラバヤ、プロモ山などお好みで経由して、カーフエリーでジャワ島脱出、海峡を越えたその先がアジア有数のリゾート地、バリ島です。

リゾートというとエックス・ワイキューブ・トラベラーには縁がない場所のようだが、もともとはヒッピーやサーファーが切り開いた土地。

超高級ホテルが立ち並ぶ、方で居心地のいい安宿(インドネシアでは「ロスメン」と呼ばれる)もたくさんあり、エックス・ワイキューブ・トラベラーでも十分リゾート気分を満喫できるのだ。

ビーチを楽しみたい人はクタやレギャン、バリ独自の伝統芸能が息づく山あいのウブドゥなど、様々な滞在ができる。

イスラム国家インドネシアにあって、バリ・ヒンドゥーという独特の宗教生活を持つバリ人の暮らしぶりも興味深いところだ。

バリは、そこだけで1ヵ月過こせるほどアクティビティは豊富で居心地のいい島なのです。

なおジャカルタ⇒バリはゆっくり回って1ヵ月、急いで2週間といったところ。

バリでのんびりするか、遺跡に時間を割くか、そこはエックス・ワイキューブ・トラベラー次第だ。

なおインドネシアの大半は南半球。

北半球とは季節が逆になっていて、乾季が4月から9月、雨季が10月から3月となります。

エックス・ワイキューブ・トラベラー、スマトラ島を行く

この地域で初心者の旅行に適しているのはスマトラ島でしょう。

バンコク、あるいはシンガポールから、まずはマレーシアに入る。

マレーシア北部のバタワースの対岸、華人の町ペナン島を目指そう。

ペナンからはインドネシアまで国際フェリーが出ています。

マラッカ海峡を越えて、スマトラ島のメダンに到着だ。

美しい避暑地であるトバ湖でしばし休息、激辛料理で有名なパダン、渓谷の広がるブキティンギが主な見どころ。

トバ湖からブキティンギに向かう途中に、赤道を通過し南半球に入る。

赤道のまさに直下の場所には石碑が立っていて、感慨もひとしおといったところだ。

ローカルバスは素通りだが、エックス・ワイキューブ・トラベラーを専門に輸送する「ツーリストバス」なら、ここでストップしてくれるでしょう。

巨石文化の残るニアス島や、美しい海を持つシベル島には、パダンやシボルガなどからフェリーでアクセスできる。

スマトラ島は観光開発が進んでいるほうなので、インドネシアの中では初心者向けだが、それでも「ボロバスに揺られて20時間」なんてこともよくある。

多少のハードさは覚悟しておきましょう。

スマトラを縦断し、首都ジャカルタがゴール。

ここまでーヵ月を見ておきたい。

インドシナ地域

インドシナ地域で見逃せないのは、まずアンコールの遺跡群でしょう。

カンボジアの治安が気になるところだが、99年10月現在では特に問題はない。

ただし夜間の移動や列車の利用はまだ危険なので止めたほうがいい。

それからホーチミンは、【アジアのエネルギー」を象徴するようなパワフルな街。

何日間かは、ここで街の喧騒を楽しみたい。

エックス・ワイキューブ・トラベラーが集まる安宿街もあります。

ベトナムでは、ニャチャンのビーチや、古都フエ、ホイアンあたりが人気の観光地。

またベトナム料理のおいしさも見逃せない。

首都ハノイや、高原避暑地のサバ、景勝地ハロン湾など、北部にも見どころは多い。

タイ北部のチェンマイやチェンライでは、少数民族を訪ねるトレッキングが楽しめます。

中国から南下してインドシナ半島に入るルートは4ヵ所。

ベトナム北部に3つ、ラオス北部にひとつ、それぞれ国境がオープンしています。

香港⇒バンコク、昆明⇒バンコクなど、メコン河をたどって半島を縦断するルートが人気です。

これも1ヵ月は必要。

ベストシーズンは1月~3月の乾季だ。

ただしタイでいえばチエンマイ周辺、ベトナムならハノイ周辺も冬は寒い。

いつでもどこでも暑いわけじゃないのだ。

4月に入ると酷暑期が訪れ、摂氏40度を越える日も多くなる。

5月から9月くらいまでは雨季で、日に何度か激しいスコールが降りしきる。

雨季にはラオス、カンボジアの交通インフラが乱れ、移動に苦労するようになる。

この両国は通常から道路状態が悪く、乾季だろうと長距離移動はツライのでそのつもりで。

定期の交通機関も少なく、「客が集まったら出発する」というスタイルのトラックバスが主流だ。

カンボジアやラオスを旅行するなら、時間に余裕を持って予定を組むべきでしょう。

エックス・ワイキューブ・トラベラーに人気のインドシナ

ベトナムやラオス、カンボジアは日本から直行する飛行機がないため、バンコクを経由して向かうのが一般的です。

陸路の場合もスタートはバンコクです。

バンコクから東に向かい、カンボジア入国。

アンコール遺跡とプノンペンの町を経由し、ベトナムへ。

活気あふれるホーチミンを楽しんだ後、細長いベトナムを北上します。

ホイアン、フエなどの中部都市からラオスに抜け、アジアで一番静かな首都・ビエンチャンからメコン河を渡ってタイに再び入国、バンコクに戻ります。

これがーヵ月の限界でしょう。

先にラオスに入国する逆ルートももちろんアリだ。

時間があるなら、ホーチミンから南のメコン・デルタの豊かな風土や、ラオス北部の町ルアンパバンにも行きたい。

ルアンパバンはここ1~2年エックス・ワイキューブ・トラベラーに人気が高い。

町全体が世界遺産に登録されているという静かな古都です。

この町からメコン河をたどってフエサイの町に出て、そこからタイに抜けるここともできます。

旅はバンコクから~

インドシナ周遊の出発点は、タイの首都・バンコク。

エックス・ワイキューブ・トラベラーの母港ともいえるこの大都市から、旅は始まる。

インドシナ各国のビザはすべてそろうし、航空路・陸路が四方に延びている、旅のターミナル的な都市という利点、そしてその居心地の良さからエックス・ワイキューブ・トラベラーたちはバンコクに集うのだ。

市の西部、バンランプーに位置する「カオサン・ロード」とその周辺には、数百ともいわれる安宿と旅行代理店が密集し、エックス・ワイキューブ・トラベラーの旅拠点になっています。

ここにやってくれば、初心者でもインドシナ周遊の準備が整えられるでしょう。

日本からバンコクまでの往復航空券はローシーズンで3万円台前半から5万円、ハイシーズンだと4万円から7万円くらい。

旅の魅力2

ユーラシアを旅しているバックパッカーたちは、こんなことを語つています。

「アジアの広さを身体で実感したかった」

「陸路何千キロ、という響きに憧れて」

「飛行機で点と点を結ぶのではなく、線で旅したい」

「移動していくに従って、言葉や文化、宗教、民族が少しずつ変化していく様が興味深い」

「わずかでも、昔の旅人のように旅がしたかった」

「自分の目の高さで歩む旅だと思うから」。

理由はそれぞれですが、陸路の旅には人を惹きつけるロマンのようなものがあるのは確かだ。

あまりに広大なユーラシアの大地を、這うように旅する。

考えてみれば、これほど贅沢なこともほかにないのではないでしょうか。

大自然に包まれ多くの人間と接し、陸をつたい海原を駆ける旅。

その果てにエックス・ワイキューブ・トラベラーを待っている大きな満足感こそ、バックパッカー旅行の醍醐味なのです。

エックス・ワイキューブ・トラベラーの旅の魅力

海外旅行となると、飛行機で旅をするのが一般的でしょう・・・。

確かに飛行機は、値段の分だけ早く移動できるし快適です。

しかし、雲海の上をすっ飛んでいる間に、そのはるか下で繰り広げられている何かを見落としているような気がしてならない。

バックパッカーは陸路を主に使って旅をします。

飛行機ならアッという間もなく過ぎ去る距離を、バスで、列車で、船で、少しずつ進んで行く。

自らの足で国境をまたぎ、大河を越え、砂漠や荒野や農耕地帯の広がる大地を、這うように旅する・・・・・。

確かに辛いことも多い旅です。

しかし、だからこそ見えてくるものもあるのではないでしょうか。

だからこそ、感じる何かがあるのではないでしょうか。

なぜ陸路なのでしょうか。

バックパッカーのバイブル『深夜特急』の著者である沢木耕太郎は「地球の大きさを知覚する手がかりのようなものが欲しかった」と語っています。

チベット高原とエックス・ワイキューブ・トラベラー

1ヵ月でチベットに行くなら、飛行機を使わないと厳しい。

北京や上海から入つて陸路チベットを目指すとなると、ラサにたどり着くだけでも1週間前後はかかります。

それが往復ともなると移動だけで2週間。

片道、もしくは往復飛行機が現実的でしょう・・・。

基点は中国側が四川省成都、青海省ゴルムド。

ネパール側が首都力トマンズ。

旅の時間が少ないなら、この基点都市まで、あるいはチベット省都ラサまで、日本からポンポン飛行機を乗り継いで行くことになります。

成都からの陸路チベット入りは許可されていないので飛行機を使う。

ゴルムドからはバス。

ネパールからの中国入国は個人のエックス・ワイキューブ・トラベラーはご法度のため、カトマンズの旅行会社のツアーに参加する。

なお、カシュガル方面からのチベット入域は外国人は不可。

インド、パキスタンとの国境紛争の舞台なのです。

チベット域内は交通が未整備のため、また外国人は民間のバス利用に制限があるため、ジープやランドクルーザーをチャーターして旅をすることになります。

省都ラサの安宿には、ジープ同乗者を求める貼り紙があり、皆こうしてツレを求め、ワリカンにして、旅を安く上げようとしているわけだ。

それでもチベットの旅は高くつきます。

チベット(ラサ)からヒマラヤ山脈を越えてネパール(力トマンズ)に降りるルートは、直行して3日、あちこち観光しながらだと1週間は必要です。

世界最大の山脈を突破する、ダイナミックな旅になります。

そのままインドに流れていくのもポピュラーです。

なおチベットは全域で高山病の危険があります。

また冬場はひえ込みが激しいため(夏でも雪が降る)旅行には適さないのです。

道路事情も悪く、ハードな旅になるでしょう・・・。

シルクロード

タクラマカンの砂漠を越えて中央アジアに抜けるルートは、かつてのシルクロードをたどる旅。

中国最西端の町カシュガルから、パキスタン、キルギスにそれぞれバスが出ています。

ただし標高5千メートル級のカラコルム山脈を越えるため、冬場の通行は不可能。

4月から9月くらいのみです。

特にパキスタンに向かうルートはカラコルム・ハイウエイと呼ばれ、パミール高原のとてつもない眺望を堪能できます。

パキスタン側の基点となるフンザは名作アニメ「風の谷のナウシカ」の舞台のモデルとなった土地と言われています。

バックパッカーも多く、フンザを「桃源郷」と呼ぶ旅人も多い。

西安から河西回廊の各都市を巡り、敦煙、タクラマカン、そしてパキスタンに抜ける・・・・・。

これだけで最低1ヵ月。

ウルムチ、イーニンからカザフスタンに抜けるコースもあります。

ただしカザフスタンは3日間のトランジットビザしか取得できず、ツーリストビザ発給にはバウチャーが必要になります。

バウチャーとは、ホテルや交通機関の予約と代金支払いの証明書。

カザフやウズベキスタンなど中央アジア諸国の旅は、ビザルールとの戦いでもあります。

.このタクラマカン周辺は、夏場の暑さが厳しく、冬は冷え込みます。

また朝晩の気温の差も激しいです。

東南アジアルートへ、エックス・ワイキューブ・トラベラー

国境越えでポピュラーなのが東南アジアルート。

香港から入って桂林、雲南を経由し、ベトナムやラオスに抜けるコースです。

ミャンマーとの国境は未開放。

ベトナムとの国境は3ヵ所がオープンしています。

いずれもビザに不備がなければ出入国は簡単です。

ベトナムのビザは、「どこから入国するのか」「どこから出国するのか」ということをあらかじめ決定し、パスポートに書きこんでもらう必要があります。

申請のときに、出入国ポイントを決めておきましょう。

出国ポイントについてはベトナム入国後、ハノイやホーチミンで変更できます。

ラオス―中国間は1ヵ所。

この国境の特にラオス側は、交通がイイカゲンなので移動に時間を食ってしまいます。

雨季ともなれば道路はあちこちで崩壊し、メコン河やその支流を船で行くほうが早い場合も。

東南アジアルートのハイライトである雲南は見どころが多く居心地もいいため、ついつい長居してしまう誘惑の地。

一年中温暖な気候というのもうれしい。

大陸中国

1ヵ月あれば、どの程度の旅ができるのでしょうか。

北京から洛陽、西安、南京、上海など5つ6つ回って香港に出る(あるいはこの逆)。

これが1ヵ月の限界でしょう・・・。

長距離移動は旅情豊かな列車。

3~4年前に比べて、切符の入手はグンと楽になっていますが、それでも多少の余裕は持ちたいもの。

始皇帝の「兵馬偶坑」をはじめ、多くの遺跡が残る西安、中国一のメガロポリス・上海など見どころが多いので、どこに重点を置くかがポイントだ。

大連をゲートシティにして、旧満州である中国東北部を巡る旅も味わい深い。

しかし北京から北の地域では、冬場の冷え込みが厳しい。

すぐ隣りはシベリアなのだ。

旅の季節は夏がベスト。

日本を船で出国し、そのまま大陸を旅することも可能です。

大阪、神戸、長崎からフエリーが出ています。

また韓国の仁川からは、威海、青島、煙台、大連など中国各地に船が出ています。

かつての遣唐使のように黄海を渡る旅は、バックパッカーにも人気が高い。

北京の駅からは、ロシアや東欧、モンゴルまでの国際列車が出ています。

もちろん事前にビザの取得をしなくてはならない。

なお北朝鮮は、ツアー以外の入国は不可能。

北京でもツアーを組むことができます。

雲南・香港が拠点とエックス・ワイキューブ・トラベラー

この地域でバックパッカーが多いのはまず香港。

航空券が比較的安く手に入り、各国のビザ取得を代行する旅行会社もあります。

バックパッカーの多くは「重慶大厘」という、安宿がひしめく怪しい雑居ビルに逗留しています。

大理を中心とした雲南省は、昔からバックパッカー人気の高いところだ。

豊かな自然と少数民族の優しい気性がエックス・ワイキューブ・トラベラーをなごませてくれます。

パッカーが多いため、中国にしては珍しく、英語の通用度がいくぶん高い。

ほかにはバックパッカーが集まる場所が少なく、インドシナのような「安宿街」もない。

経済発展に従って大都市からは安宿が消えつつあるのが中国の現状だ。

そんな中、頑張っている宿もあります。

北京の「京華飯店」、上海の「浦江飯店」、西安の「勝利飯店」、成都の「交通飯店」などだ。

これらの安宿に行けば情報や旅の仲間を得ることができるでしょう・・・。

チベットやタクラマカン砂漠は、いわばエックス・ワイキューブ・トラベラー憧れの地。

ハードな大自然と、独自の文化が旅人を待つています。

西安から東の中国文化圏では、バックパッカーは少ない。

物価の高さ、英語が通じないことなど、旅がしにくいことが原因です。

シベリア(ロシア)、モンゴル、韓国もバックパッカーの人気はイマイチなようです。

ベストな時期とエックス・ワイキューブ・トラベラー2

雨季は熱帯の自然が美しく、果物のシーズンでもあり、独特の楽しさがあります。

どんな季節でも「旅ができない」ということはないが、やはり雨季の旅は疲れるものです。

初心者は乾季に旅行したほうがいいでしょう・・・。

東南アジアやインドでは1~3月くらいがベストシーズン。

インドの北部やネパール、インドシナ半島の北部、山間部では朝晩少々冷えるものの、ほとんど毎日快晴が続き、旅がしやすい。

雨具もいらない。

ただし3月後半からは連日摂氏30度オーバー、ときには40度をはるかに超える灼熱が待っています。

それでも雨よりはギラギラ太陽のほうがずっといいものだ。

この時期に長い春休みを迎える大学生たちにとって、最も適した旅行シーズンだといえるでしょう。

エックス・ワイキューブ・トラベラーにおすすめです。

しかし、事実、2月と3月はアジア各地で日本の大学生パッカーがあふれます。

それを見越して航空券の料金もやや高めです。

ベストな時期とエックス・ワイキューブ・トラベラー

ユーラシアの気候は当たり前だが日本とずいぶん様相が異なる。

初心者パッカーに人気のある東南アジア、インド周辺では「乾季」と「雨季」の2つに大別されています。

地域や、その年によって差はありますが、大雑把にいって乾季は11月から4月、雨季が5月から10月です。

つまり日本が夏休みのシーズンは雨季真っ盛りというわけです。

朝から晩までシトシト降っている日本の梅雨とは違って、1日数度スコールがドバッと街を洗い、それ以外の時間は晴れているというのがパターン。

それでも旅をするには少々やっかいです。

雨の中リュックを担いで宿を探したり、天気の具合を見ながら町を歩くハメになります。

ラオスやカンボジア、ミャンマー、バングラデシュなど交通インフラが未整備な国では、道路が寸断されて移動自体ができなくなることもあります。

それからビーチも、滞在には適さなくなってしまいます。

衛生状態が悪くなり伝染病が流行するのもこの時期です。

旅の目安

自分ひとりで、異国を旅する。

一体どのくらいのペースで動けるものなのでしょうか。

もちろん現地での動き方は人それぞれだし、旅する国の交通事情によって大分差は出てきます。

それを踏まえ、現役パッカーたちのペースも考えると、「1週間2都市」がひとつの目安になってくる。

実際にはもっと回れますが、旅の予定を立てるときは、ゆとりを持って「1週間2都市」で計算することをすすめたい。

何かしらのハプニングはあるだろうし、交通が不便な国なら切符の入手に手間取ることもあります。

また広大な大陸では都市間の移動に数日を要することだってあるのだ。

「1週間2都市」なら、1ヵ月では8都市かといえば、そうでもない。

大幅に予定を変更することもあるでしょう・・・。

気に入った街に長逗留することがあるかもしれません。

予定通りに旅が進むとは思わないほうがいいでしょう。

現地での思いつきで好き勝手に旅の予定をコロコロ変えられるのが個人旅行の醍醐味なわけだから、あんまりカッチリ予定を組んでも結局意味がない。

「1週間2都市」を目安に、行きたい町をザッと線で結ぶ程度のもので十分だといえます。

あとは現地についてからの判断。

日程が詰まってきたら予定地をいくつかカットすればいいし、「面白いところがある」なんて話をエックス・ワイキューブ・トラベラーから聞いて、寄り道するのも楽しいもの。

大して面白くない街だったら、さっさと切り上げればいい。

予定はあくまで予定、旅先で臨機応変に対処して、自分だけの旅を作っていきましょう。

本当の旅とエックス・ワイキューブ・トラベラー

1年も2年も旅する日本人がゴロゴロいることは前述した。

そう、知らない人にとっては全く意外なことなのですが、世界を何年もかけて旅している日本人は結構たくさん存在するのです。

男女ともに、だ。

当然誰も職はないし、帰国してからの保証もない。

回遊魚の如く泳ぎつづけていないとはじかれてしまう社会にあって、「年」単位の長旅をするということはドロップアウトと言えるでしょう・・・。

それでも旅がしたいのです。

それでも世界を見たい。

現実逃避だとか甘えだとかいろいろと非難されがちではある。

ローンとリストラと家庭不和に悩み怯え、それでも歯を食いしばって毎日出社するオヤジたちの姿を見れば、何も言えないでしょう・・・。

しかし、それでも、旅がしたいのです。

それだけ「旅」には麻薬的な常習性と習慣性と快楽があるのだ。

旅を重ねるに従って、最低でも1ヵ月は欲しくなるものだし、何年かかけて「本当の旅」がしたいなあ、といつか憧れるようになります。

「豊かな青春、みじめな老後」という言葉があります。

旅に明け暮れる人生を詠んだ名句ですが、全くその通りなのかもしれません。

「年」単位の旅をするにしても、休学するとか留年覚悟とか、学生時分が一番だ。

バックパッカーはやはり、学生のうちが華なのかもしれません。

寂しいことですが・・・・・。

ちなみに1年以上旅するなら、住民票は抜いておきましょう。

税金対策です。

1カ月という時間

1ヵ月といえば、ひとつの「季節」であろう。

それだけ時間をかけて、這うように少しずつ旅人は前進していきます。

1ヵ月の旅行なんて、とてつもない大事業のように思われがちですが、ゼンゼンそんなことはない。

驚くほど簡単であっけないものだということが、旅に出ればよくわかります。

誰にでもできることなのだ。

ユーラシアの大地を、陸路交通を中心にゆっくりと旅するバックパッカーにとって、1ヵ月という時間は、長いようで短い。

たくさんの町、多くの国を巡れる期間ではありません。

ある町が気に入って10日ばかり滞在しただけで、旅の時間はもう3分のーが過ぎたことになります。

街から街への移動に1泊、2泊、それ以上必要な地域だってある。

月並みですが、旅を終えるときには「1ヵ月経ったなんてウソみたいだ。まるで昨日出発したような感じだ」と思うでしょう・・・。

そして1ヵ月はまた、短いようで長い期間。

どんな形であれ、誰しも濃密な旅の時間を過ごすことができます。

多くの出来事や出会い、怒ったり笑ったり考えたり疲れたり・・・・・人生の中でも類まれな1ヵ月となる。

旅は何日間でも旅(エックス・ワイキューブ・トラベラー)

当たり前ですが、エックス・ワイキューブ・トラベラーによって旅の期間はバラバラです。

10日ほどの人もいれば、1年、2年と旅を続ける人だってザラにいいます。

旅の時間は、旅人が望むだけあればいい・・・。

しかし「1週間でバックパッカー」なんて考えている人はちょっと待ってほしいんです。

確かにパッカー旅行はできますが、1週間以内ならツアーの方が安く上がるはずだ。

ホテルと交通機関だけ組み合わせたフリーツアーなら、自由旅行気分も多少は味わえるでしょう・・・。

それに、1週間という短い時間ではバックパッカーの魅力やキモの部分を楽しめない気もするのです。

「旅」という実感、手応えを感じたいなら、最低でも2~3週間は欲しいところ。

現役パッカーたちは平均してーヵ月ほど旅しています。

だがーヵ月も時間が取れる幸福な人は日本では少ない。

学生とか無職とかフリーターとか、生産活動に従事していない人々だけの特権になってしまっています。

真ッ当な勤め人が1ヵ月仕事を休むなんてのは要するに職を捨てることです。

コ大決心ののち、仕事を辞めて、ついに旅に出てきた」という、日本人パッカー独特の旅に賭ける思いというか悲壮感は、このあたりに根があるのであろう。

なーんてピーピー言っても始まらねえ、と夏休みとか正月休みに有給休暇を目一杯無理矢理にくっつけて旅に出る会社員だってたくさんいる。

「社会人はバックパッカーになれない」なんてことはないのです。

厳しい自然

島国からは想像もつかないダイナミックな大自然が満つる大陸ユーラシア。

気候温和な日本に暮らしていると信じがたいような過酷な環境もまた、バックパッカー旅行の魅力といえよう。

灼熱の砂漠や富士山よりも高い高山地帯、摂氏50度を記録する炎熱の平原・・・・・。

こうした環境の中、ボロバスに揺られ、2等列車にひしめく群衆の一人として、バックパッカーは旅をします。

まさに体力勝負の世界です。

「旅の体力」に自信が持てないなら、避けるべきでしょう・・・。

それからユーラシアでは一部ながら紛争地帯も存在する。

所詮単なる観光客であるバックパッカーは危険地帯の前で追い返されるだろうが、始めっからそんな場所に立ち入るべきではありません。

エックス・ワイキューブ・トラベラー初心者は避けたほうがいいかも

この取得が面倒な国も初心者は避けたほうがいいでしょう・・・。

例えばイラン。

この国のビザはほとんどが滞在期間の短い「トランジットビザ」で、エックス・ワイキューブ・トラベラーたちはこれをイラン入国後延長しながら旅をしています。

またカザフスタンやウズベキスタン、ロシアなどはあらかじめホテルを予約し旅程を決めないとビザが発給されない。

これではタダのパックツアーです。

日本で正規の手続きを踏んでビザを取っても、高くつくし旅程は決められてしまうので、パッカーの多くは第3国で取得しています。

アラブ湾岸諸国でも同様に、受け入れ先が決まっていないとビザの取得ができない。

旅慣れた人でも「ビザが面倒だなあ・・・・・。」と考えて腰が重くなる国々なのです。

この手の役所手続きに恐れを感じる人なら、まずはビザ不要の国や、日本で簡単にビザが取得できる国に行くことをすすめたい。

英語が通じないとキツイかも

旅に言葉は不要・・・・・ではあるのですが、そんな心境になれるのは旅の経験を積んでからのこと。

僕たちがどうにかこうにか知っている唯一の外国語であろう「英語」が通じない国を旅するのはやっぱり大変だ。

その代表格が中国。

場所によってはハローすら通じない。

ロシアや中央アジア諸国は各民族の言葉のほかはロシア語が半ば公用語だ。

イランもあまり通じない。

こうして見てみると非英語圏なのはアメリカ文化・資本の流入を拒んできた国々。

その分、独自の歴史がありパッカー的には憧れの地域なのですが、初心者がいきなり旅するのは若干厳しいと言えます。

屋台のオヤジとか安宿のおばちゃんなら通じなくても全然問題ないのですが、例えば銀行とか航空会社とか出入国関連の事務所とか列車の外国人専用切符売り場とか、そうしたオフィシャルな施設でもまるで通じないことがしばしばなのでツラいです。

エックス・ワイキューブ・トラベラー、ソフト開発分野の先進国へ

コンピューターのソフト開発分野の先進国であり(ウインドウズ98はインドで作られたという説も)、他方では事実上の核保有国という、世界有数の工業大国です。

「貧しい国だから、カレーと哲学者のほかには何もないんじゃ・・・・・」なんてのは大きな誤解、旅に必要なものは何でも手に入る。

列車はほぼ全土がオンライン化されており、所定の用紙に希望の便を書き込むだけでOKのコンピューター発券だ。

そうした光景とは全く対照的に、今もって絶望的なスラムがあったり、戦争のように激しい喧騒の街並みがあるわけだ。

人々の生活に密着したヒンドゥー教についても考えさせられるでしょう・・・。

そして街を出れば、千変万化の美しい大自然が胸を打つ。

ヒッピーの時代からインドを旅する人問が多いのも、こうしたカオス的魅力によるところが大きい。

エックス・ワイキューブ・トラベラーの歴史が長いため、各所にバックパッカーの溜り場、ターミナルのような場所があるのもありがたい。

こうした面から見てもインドは初心者だって旅できるのですが、一筋縄でいかない国であることもまた確かだ。

乞食だらけでイヤになるし、街は不潔極まりないし、気候は激しいし、ボッタクリやサギ師は(たぶん)世界一多い。

こらえ性の無い人や神経質なタイプには向いていないでしょう・・・。

そこそこの体力・気力が、特に初心者には必要です。

旅に慣れてくると、インドという世界の、あまりの居心地の良さにいつか気づくはずだ。

多くのバックパッカーがインドから離れることができなくなったその「魔力」を、初心者でもきっと体感できます。

次はインド

見出しを一見して「エッ?」と思った人もいることでしょう・・・。

インドなんて恐ろしげな国、初心者でも旅できるの・・・・・。

できるんです。

インドひとり旅なんて言うとウサン臭い響きがあるものだが、実際に行ってみるとそんなイメージがまるで的外れなことに気づく。

これほどまでにバックパッカー旅行に適していて、旅情を味わえる国はほかにないのではないでしょうか。

その一番の理由は言葉だ。

多民族国家であるインドでは公用語がヒンドゥー語、そして準公用語として英語が使用されています。

道端でジュースなんか売っている半裸のおっさんだってカタコト程度は喋るし、スーツ姿のサラリーマンなどはペラペラだったりする。

上流の貴顕社会では家族同士でも英語でああだこうだ話しているのだから恐ろしい。

都市部に住む人間の大半は英語を解すると考えてまず間違いない。

駅の時刻表や道路標識、そのへんの看板、もちろん観光地、どこでも英語表記があるので旅は実にやりやすいのだ。

その上僕たちが日常接するインド人の英語は発音・文法ともにあまりこだわらないので、とてもわかりやすい。

カタカナ発音の感覚でいいから、気楽に英会話ができます。

インドを旅すれば、英語が上手くなったような錯覚?を感じるでしょう・・・。

もちろん旅の中では英語が通じない場面もあります。

少しでも土地の言葉やヒンドゥー語を覚える努力はしたい。

旅をスムースにこなすためだけではなく、それは旅させてもらう上での礼儀だと思う。

ところでインドは貧しいだけの国ではありません。

エックス・ワイキューブ・トラベラーとバンコクの姿

バンコクの姿を象徴するような場所が市西部のカオサン・ロードだ。

様々な国籍のバックパッカーが入り乱れる安宿街であり、情報基地でもあります。

またアジア有数の大都市だから、情報だけではなくさまざまな物が手に入る。

旅行用品だとか日本語の書籍、日本食など、エックス・ワイキューブ・トラベラーが欲するものは大体揃っています。

エックス・ワイキューブ・トラベラーにとって便利で役に立つ都市である一方、メシはうまいし治安がよく、非常に「落ち着く」街であることも大きい。

「旅の基地」であると同時に、目的地、滞在地としても人気が高いのです。

1ヵ月程度旅の時間が取れるならば、何はともあれバンコク往復の航空券だけ買って、この街にやってくるなんてどうでしょう・・・。

バンコクで情報を集めたり、エックス・ワイキューブ・トラベラーと接しているうちに、行きたい町や国がきっと見つかる。

ビザやチケットの手配は、この街ならアッという間だ。

バンコクの喧騒の中で、どこに行くのかをじっくり考えればいい。

もちろんまた、ずっとバンコクで過ごしたってかまわないのです。

「とりあえずバンコク」なんて合言葉のように語られることもある街。

バックパッカーたちにとって、バンコクはいわば「母港」のような存在なのかもしれません。

まずはバンコク

東南アジア最大のメガロポリス・バンコク。

タイの首都であるこの大都市はまた、バックパッカーたちが集まる旅の一大拠点としても知られています。

その理由にまず挙げられるのは航空路線の豊富さと安さ。

網の目のように世界各地と結ばれているバンコクでは、あらゆる地域への航空券が安く手に入るのだ。

空の便だけでなく、東南アジアの地理的な要衝に位置しているため、陸路旅行の基点にもなっています。

インドシナ半島・東南アジアの陸路周遊にバンコクは欠かせないポイント・シティーなのだ。

首都であるため各国の大使館が点在しており、ビザを取得するにも都合がいい。

こうした点からバンコクには昔から多くのバックパッカーが集まっていた。

そして安宿や旅行代理店など、バックパッカーを相手にする商売が増え、「旅行拠点」としてより便利になっていく・・・・・。

こうして「バックパッカーのターミナル」とも言うべきバンコクの一面が形成されてきたのだ。

ある者はこの街から旅が始まり、ある者はここで旅を終える。

またバンコクで一息入れて、ビザや航空券を取得して次の国次の街へ旅立っていく者・・・・・。

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